問題がある人は、本当に問題がある人なのかな?

相手の背景を考える。
話を聞いたり、話したりするときは、
自分の感情に気を付ける。

そのイイ例が、最近起きた。

とある親子のお話。
最初に母親に会い、次に息子さんに会った。

とある日。
母親が電話をしてきた。

ひたすら息子の文句をまくし立て、いつまで耐えればいいのか?
最近、特におかしくなったのは、私と話してからではないか?
そんな内容だった。

私は、ストレートにモノを言いすぎる。
相手がカチンとし、逆上するコトもしばしば。
なので、最近は、何も言わずに聞くことが多かった。

だけど、母親がまくし立てる一方で終わりそうになかった。
私も思っていることを話し始める。

っていうよりも、
母親が苦情を言ったり、怠けているといった症状が
発達障害の症状であったので、ひたすら解説した。

「~だから、こうなっているんです。」
知ったからといって、感情的にはまた別で収まりつかないのは、わかっているんですけど。
ひたすら繰り返した。

ちょっとずつ、納得し始めた頃。
「息子さん、自頭はいいと思いますよ。」
そんなコトをチラッと言った瞬間。

昔ね~と始まった。
数学が得意で、こわくさい(生意気な)発言をする。

先生は、「鼻を折ってやりたい。」と言い。
母は、「どうしてそんな態度をするの?先生と積み重ねてきた年数が違ってかなわないんだから止めなさい。」
と言ったらしい。

あ~ぁ。
「どうして、そんな態度取ったかわかりますか?
 あくまでも予想でしかないんですが、 小さい頃から出来ないって言われて 育ってきたんですよね。
 自信のなさを 隠すための態度だったんじゃないですか。」

母親は、あっ!そうなんだ。
やめなさいって言ったら、ダメだったんだ。
そんな発言をし始めた。

それは当人同士の問題だからわからんけど、そこを叩き潰さないで伸ばしていたら、違ってたかもしれないな。
なんか数字に関することで能力を発揮してたかも。

発達障害の人は、伸ばすところを伸ばすと、苦手なコトもいつの間にか出来るようになってることもある。
ある人に聞いた話では、発達障害の人が持っている得意なものが他の人と比べて突出することが多い。

それは、好きなことをやり始めると、脳からなんか成分が出て延々とやり続けるからだそうだ。
最初から、突出した才能があるから、とかではないらしい。

なんで、息子がそうなっているかを考えると、かなり苛立ちやボタンの掛け違いが減っていただろうに。
 
次に、息子のコトを可哀想と言い始め。
全然、可哀想という感情が起きない私。
本人が、折り合いつけて生きていくしかないんです。
言い放ってしまった。

そのうち、自分が息子をなんとかしなければ。
そうしようとしていたコトに気が付き始めた。
 
答えは、本人が持っている。
他の人が、どうしようかとしてもどうもならんのだ。
そして、当事者である息子は、それをわかっている。

最後に、私と話しているときの大半は笑ってますよ。
そう伝えると、あの子が笑っていてくれればそれでいい。
そう言った。

そーだよね。
好きで、自分の子供をボロクソに言いたい親は、滅多にいないよね。
これを息子に言うだけで、かなり関係が変わりそうな気がするんだけどな。

父親が、母親と息子に「大丈夫だから。」って言って抱きしめてあげるだけで、
家族の関係がぐーっと、よくなるような気がするんだけどな。

同じ想いをしている人の話を聞きたいんじゃない。
話を聞いて欲しいだけ。
抱きしめて欲しいだけ。
よく、そういった話を聞く。

よく、あの人は問題がある。
そんな言い方をしているのを聞く。

実際に、私がそうだとも言う。

背景には、いろんな事情があるのにな。
一方の事情と表面的なコトしか見ないのか。
きつく心を閉ざしたこともあった。

そして相手に何かを言うとき。

それって、その人のためかな?
意外と自分のためとか、
自分のことを相手の責任にしているとか。
自分の感情が収まりつかなくってってことが多い。

私自身、以前だったら、
母親が電話をしてきた内容を聞いていたら、
私が文句を言われている気持ちになり、
母親の悪い所を指摘して攻撃してたかもしれんな。

なんでそうなっているか、相手の背景を考えること。
そして、話している時に自分の感情を確かめる。
そんな聞き方をすると、衝突が減るのではないか。

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