依存症と向き合って生きる

「こころのサポーター養成講座」
今日は、依存症についてだった。
午前中は、元富山県心の健康センター所長。
午後からは、富山ダルクさんのお話だった。

富山ダルクさんのお話は、何回も聞いているんだけど、
聞くたびに、心に突き刺さる。

林さんと鈴木さんがお話されたんだけど、二人とも。
一生懸命やるけど認められない。
イジメで居場所をなくした。

そして、人を求めて薬物を使ったのだ。

薬物を使いたくって使ったのではない。
薬物の怖さは知っていたんだけど、
薬物の怖さよりも、
断ってイジメられる方が怖かったと。

この言葉が衝撃的だった。
人間関係が及ぼす影響の大きさに。

現実と向き合っても変わらない。
どう変えていいのかわからん。
現実から目を背けるのに、薬物が増えていったと。

私は、9年、心療内科に通いクスリを飲んでいた。
今、勝手に通院をやめてクスリもやめている。
だけど、やめたばかりの時。

何か精神的に苦しくなってくると、
あ~心療内科に行って薬もらって
頭マヒさせれたらラクだろうな~。
睡眠薬あれば、ずーっと寝て何も考えないですむのに。

本気で、そんなコトが頭をよぎっていた。

クスリで頭がマヒした状態がわかっていたし、
私もそうやって誤魔化して生きていたから。
その何百倍も、マヒした状態になるんだと
想像しただけで恐ろしい。

薬物依存は、刑罰を与えるだけでは回復しない。
刑罰を与え、レッテル貼られ、
社会に出れば居場所がない。
それでは、またクスリを使うのも当たり前だ。

自分のコトを話せる環境。
ほんと大事だな。
そして、自分の生きかたのパターンを知り。
やりたくやる傾向を知り、防ぐ。

全部、話せる環境がある。
人間関係を作る環境。

それがあれば、
寂しさを埋めるための
現実から逃げるための。
薬物使用が減る。

他の精神疾患も同じなんだろう。

生きるのがベース。

しらふで生きるのが楽しい。
何にもない毎日がステキ。
という言葉が印象に残ったのと同時に
羨ましかったし、眩しかった。

カッコイイな~この言葉。

私は、まだ仕事に左右される部分が大きく、
仕事がなかったら、そう言える自信がないから。
物事を出来る、出来ないで一喜一憂する自分。

何にもない毎日がステキ。
自分と向き合って。
私も、そう言えるようになりたい。

後は、お話をされていた林さんと鈴木さんの関係。

鈴木さんが、富山ダルクから出て行った時。
林さんは、鈴木さんを殴った?
それまでして止めたそうだ。

そして、鈴木さんが出て行って、
どうしようもなくなった時。
「助けてくれ。」と電話したそうだ。

よっぽどの信頼関係がないと、
「助けてくれ。」なんて言えない。
その信頼関係がとってもステキで羨ましかった。

本人たちは、カッコ悪い経験談を話していると
思っているようだ。

だけど、自分のカッコ悪い・
人からよく見られない経験談を
他の人が同じ道を辿らないように話す。

なかなか出来ることでなく、
その姿勢がとってもカッコよく見える。

その姿勢をみながら、後から続く人が回復し、
そして自らが回復のお手伝いをしていく。

支援されていると感じたり、
下に見られていると感じた瞬間、
心のシャッターをガシャーンと締める私にとって。

心に残ったのが、
回復した仲間として繋がっている。
支援者と支援される側となっては、かわらない。
本人主体性でやっている。

本人主体性だからこそ、
自分と向き合い、人間関係を作れ、
回復に繋がれる。

過去は、褒められたものではないではないだろう。
でも、その今のひたむきな生き方がステキだな。

何でも言える、自分を全部出せる居場所。
苦しみ。喜び。
分かち合う。
そんな環境が増え。

薬物依存や精神疾患が減る日がくるといいな。

そして、
そのために自分に何ができるか考え直す
いいキッカケになった。

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