ダラダラなのがいい。第5回当事者おしゃべり会

第5回うつ病発達障害当事者おしゃべり会が終わった。
前回と参加者はガラリと替わった。
久しぶり~の人が1名。はじめましての人が1名。

発達障害者が3名だったので、話しの内容も、
とても濃い発達あるあるだった。
シェアできるものを簡単に。

発達障害の人でもいろんな人がいる。
有名人の影響で、何か突出して出来ることを持っている。
発達障害の人がそうだと勘違いされている。

大阪人がみんなおしゃべりではなく、
静かな大阪人もいる。
それと一緒で、みんながそうと思われるとツライよね。
そんな話しからスタート。

こんな言葉使ったらダメだよね。
知らないうちに封印していた言葉。
ひとりの人が、沢山使ってた。

そのお陰で、あっそっかー。
あの時は、そんな気持ちだったんだ。
気づかせてもらった。

例えば、「みじめだ。」
私も、何回も、こういう想いに駆られたことがあった。
この言葉がすんなり出てくると、
あっそっか、みじめだと思ってるんだ。

自覚もしやすい。納得もしやすい。

その言葉が出てこないっていうか、
使ってはいけない、そう思ってはいけない。
そうやってたので、精神的にこじれたり、
他人のせいにしてたりしたんだな。

何か新しいコトを始めたり、仕事を始めたり。
周囲の人は、それを見て
「回復したね。もう大丈夫でしょ。」
そんなコトを考えがちになる。

でも、何かをやり始めたときには、
すごいチカラがいる。
外には見えない疲労が蓄積しやすい時期。

実際に、周りにそう見られて、
大丈夫な自分を演じ続けて、
潰れてしまう事が多かった。

そうやって生きていく中で、
いらない荷物を沢山背負った。
でも、想いを言葉に出すだけで、
その荷物を降ろせることが多い。

想いを言葉に出せる場所があるって重要。

荷物を降ろす前に、
「あ~すれば、こ~すれば。」
アドバイスをもらっても、重たくって動けない。
動けたとしても、すぐへばる。

正直、アドバイスはいらない。
話す場所が欲しい。
話をしている最中に、カットインしてきて
自分の話に持っていかれるのも気分が悪い。

みんなが自分のペースで、
発達あるある話ができるのがいいね。
ずーっとそんな話しをしていた。

よく周囲の人は、ほかの当事者のお話を聞いて
「他の人はこうだよ。」と伝えることが多い。

正直、そんな話はいらなくて、
その自分が関わっている当事者と向き合う。
そうすれば、何かが変わってくるのである。

声を挙げている人にサポートや目が向く。

本当に出来なくて。
悩んで。
自分を責めている人。

できなくてもなんとかやろうとして
困っている人。
そういう人にこそ目を向けるのが大切。
潰れてしまう前に。

何かをやってるから受け容れる。
何かを成し遂げたから受け容れる。
有名になったから受け容れる。

そんなんは本当に受け容れるってことじゃない。
しかも、長続きしない。

ただ、いるだけでいい。
ただ、いてくれるだけでいい。
それが、究極の受け容れるってこと。

発達障害の関わりの話になると、
「理解」というキーワードがでてくる。
その特性から理解されずにいじめられたりして
苦しんでる人が大勢いる。

場所によって、正義が違う。
理解ではなく。
知ることから。

あぁ、そういうこともあるのか。
そんな感じになって、
受け容れられる範囲が、ぐーんと広くなる。

それに関連して、「記憶力」のお話がある。
長期記憶に優れている人が多い。

結果、「いつまででもネチネチと覚えている。」
わざと根に持って覚えているように言われることが
あるのだけど、ぜんぜんそんなことはない。

覚えていたいわけではないのに、
覚えていることもある。

会が進むにつれ。

「この当事者会に人が来ないのは、
 告知不足からじゃなくて、
 何か言われる、回復に向かって何かやらされる。
 そう思っている人いるからじゃないんですか。」

参加者のひとりに言われた。
そう思う人もいるのか、気づかなかった。

ここは、回数を重ねても。
参加者が増えたとしても。
ずーっと、ぐだぐだにおしゃべりする会。
しかも、寝れるように畳の部屋にしてある。

こうやって。
だらだら~としゃべって。
だらだらと~過ごして。
ちょっとづつ心の荷物降ろしていければいいかな。

ダラダラの当事者会は、まだまだつづく。。。

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