話すということ  

今回、当事者でない人が参加されるので、
いつも参加される人やFacebookで
事前に連絡をしておいた。

私の心配をよそに、いつも参加される人からは、
「勤めだけでは世間が狭いので、
 いろいろな人と話ができるのはいい。」
そんな返答が返ってきた。

参加される人には、
ネガティブなコトも否定しない。
アドバイスも求めない限りしない。
暗黙のルールを伝えておいた。

けど、取り越し苦労だったみたいだ。
いろんな意見を受け容れれる人だったので、
いつも通りに話しが進む。

発達障害=こういった人。という見方が多い。
発達障害は性格ではなく、
その人の単なる一部を構成しているもの。

発達障害者同士だとわかり合える部分が多い。
だけど、発達障害者同士でも合わない人はいる。
障害を持っていない人で、
発達障害のコトに興味が無くても、合う人は合う。

支援者といわれる人達とも、合う合わない人がいる。
合わない人にとっては、理解のあるハズの人と合わない。
それは、自分が誰ともやっていけない。
世界から孤立をしていると感じ、
この先、どうやっていけばいいのかもわからない。

支援を外れるってことは、とても勇気のいること。
でも、合わない人は、勇気を持って
1回踏み出してみてもいいのではないか。

今の自分の周りが全てではなく。
ちょっと場所をずらしてみたら、
違った風景が見れることもある。

自分が決めたコトにたどり着ける道は一つでない。
ちょっと曲がりくねっていても、遠回りになっても、
道は沢山ある。
それを一つの道を外れるとダメと言われる。

人生に答えはなく。
結局は、自分がどうしたいのか。

時期によっては、逃げるというのも必要。
逃げるっていうのは、何もしていないのと違う。
逃げるって行動をしている。

仕事に関しても、個々の能力は関係なく、
精神障害者には、この仕事と定型的に与えられる。
精神障害でも、知的に問題がない人が多い。

よく発達障害の人はポイントが外れていると言われる。
私が検査を受けたときに、
ポイント外れていると言われたコトを、
何でそうやって答えたのかを話していた。

そうすると、当事者でない人が、
「はぁ~ん、そういう考え方あるんや。」つぶやいた。

表面に出てきた出来事だけでなく、
なんでそうしたのか。などを話すと、
随分と誤解が減るんではないかな。

発達障害の人は、普通の生活を送るのに
「全力疾走している状態」と言われてる。
で、「もしかして、脳100%フル回転していない?」
そう聞かれ、「うんうん、いつもその状態。」

だったら疲れるよね~と言われ、
やっと自分がなんでやたらと疲れるのかに納得した。

ちなみに、今回の当事者会。
考える話題が多く、
いつも使ったことのない脳の部分をフル回転した。

普段、話さない人と話すって、なんかいいな~。

自分の気持ちを吐き出すのにも、
この場所を使って欲しいな。

帰りに、ぽつっとつぶやいた人がいた。
「自分は恵まれているんだな。」って。
それを認めたくない時期もあったけど、私もだ。

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